福岡地方裁判所 昭和51年(ワ)314号 判決 1980年7月18日
原告
西日本鉄道株式会社
右代表者
吉本引次
右訴訟代理人
山口定男
外二名
被告
船津豊次
外一名
右訴訟代理人
中川宗雄
外一名
主文
一 被告らは原告に対し連帯して金一億〇一八二万〇二五四円及びこれに対する昭和五〇年三月二日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。
二 訴訟費用は被告らの負担とする。
三 この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。
事実
(申立)
一 原告
主文第一、二項と同旨の判決及び仮執行の宣言を求める。
二 被告ら
「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」
との判決を求める。
(主張)
一 請求の原因
1 (事故発生)
次のような事故が発生した。
(一) 発生日時 昭和五〇年三月一日午後七時頃
(二) 発生場所 原告会社大牟田線井尻・雑餉隈間第三号踏切
(三) 加害車両 トヨタカローラバン(福岡四は四〇五二)
右運転者 被告豊次
(四) 事故態様 原告会社の電車(福岡発大牟田行下り特急六両編成第一八〇三列車・第二〇四一乃至第二〇四六号車・電車運転士緒方和幸運転)左前部と加害車両左前部が接触したため、電車は、左側がやや浮上つて脱線し、コンクリート枕木上を走り、電柱に衝突し、更に、軌道東側家屋(甲野政司・前田秋芳各所有)に突込み、第二〇四一号車(第一両目)が横転、第二〇四二乃第二〇四六号車も脱線した。
(五) 被害状況
(1) 家屋損壊 甲野・前田の家屋と隣接の橋詰昭夫所有家屋、その家財道具が損壊された。甲野方間借人広滝芳男、清祐文久所有の家財道具も損壊された。
(2) 人身傷害 運転士緒方、右家屋居住者ら三名及び電車乗客ら九九名が全身打撲等の傷害を負つた。<以下、事実省略>
理由
一(事故発生)
請求原因1の事実は、当事者間に争いがない。
二(責任原因)
1 (被告豊次)
<証拠>を総合すると、次の事実が認められる。
(一) 本件踏切の位置、状況は次のとおりである。
(1) 本件踏切は、西鉄大牟田線井尻駅南の井尻第一号踏切から南東250.6メートルの地点にある井尻第二号踏切から更に南東へ五七メートルの地点にあつた。本件踏切から南東79.4メートルの地点に井尻第四号踏切があり、更に南東へ井尻第五、第六号踏切を経て雑餉隈駅に至る。
(2) 本件踏切は、北方には幅員2.4メートルの取付道路から幅1.8メートルの出入口となつており、中央の幅2.08メートル、南方には幅2.2メートルの出入口から幅員2.4メートルの道路に接続していた。踏切の路面は平坦で、南から北へやや緩やかな下り勾配となつていた。従つて、踏切内で自動車同士が離合することはできなかつた。
(3) 本件踏切は、踏切警手もいず、遮断機も警報機も設置されていない第四種踏切であつた。
踏切の両入口には、それぞれ、「大型自動車通行止」の標識と「一旦停止、左右確認」の警戒表示板が設置されていた。
(4) 被告豊次が本件踏切手前約1.7メートルの地点で一旦停止して井尻方向を見通すと、その見通せる距離は約一三五メートル、右地点から1.5メートルだけ踏切に近づいた地点からのそれは約三七一メートル、加害車両が本件踏切に進入せんとした地点付近からのそれは約四一五メートルであつた。
(二) 本件事故発生に至るまでの加害車両と電車の進行状況は、次のとおりである。
(1) 被告豊次は、本件事故発生時直前、加害車両を運転して、南方春日市方面から北方福岡市に向けて進行し、本件踏切南側入口に差し掛かつた際、同踏切の北側入口直前に重松猛の運転する普通乗用車が前照燈を消して停止しているのを発見した。同被告は、重松の車両を見て、加害車両を先に通過させるために停車しているものと思い、踏切手前で一旦停車したものの、左右の安全を確認するに際して、左方に樹木が繁つていて見通しが十分でないのに、樹間から左方を一瞥しただけで、電車の往来がないと思い、踏切内に進入した。その時、重松が電車の接近を知らせるため前照燈を一回つけたのを目撃したが、気にもとめず、そのまま約七キロメートルの速度で通過しようとした。
(2) 重松猛は、井尻第二号踏切で既に警報機が鳴つているのを聞いた後、自動車を運転して、軌道沿いの道路を進行し、本件踏切に至つた。この間の所要時間は二三秒か二四秒位であつた。同人は、本件踏切直前で停止していたが、電車が接近して来ているにも拘らず、加害車両が踏切内に入ろうとしているのを見て、前照燈を一回点燈し、危険の接近を知らせようとした。
(3) 本件電車は、井尻第二号踏切の警報機が鳴り始めた時、同踏切から福岡方面へ八六〇メートル、従つて本件踏切から九一七メートルの位置にあつて、時速八〇キロメートルで進行していた。
(三) 本件事故発生の状況は、次のとおりである。
同被告は、本件踏切を通過しようとして、踏切内に進入した時、本件電車が接近して来たのに気付いて、狼狽し、ハンドル操作を誤まり、自車左前輪を軌道敷内に落輪させた。慌てて軌条を乗り越えようとしたが、うまくゆかず、かえつて自車を電車が進行して来る方向に約8.6メートル進行させた。そのため右電車左前部と加害車両左前部を衝突させた。
<排斥証拠省略>
右認定事実によれば、被告豊次が本件踏切に進入せんとした時、本件電車は、本件踏切に向つて進行しており、また、これを見通し得たのであるから、同被告が左方を注視しさえすれば進行して来る電車を発見することができたといわなければならない。しかも、対面して停車していた重松の動静に注目していたならば、もつと手前の地点で電車の進行に気付いた筈であるといえよう。そうしておれば、同被告は、本件事故の発生に至らないような対応の仕方ができたというべきである。ところが、同被告は、一旦停止をしたものの、左方を十分見通さないまま進行して来る電車がないものと軽信し、それ以上に左方に注意を払うことなく踏切に進入したため、衝突に至つたといわざるを得ない。そうすると、本件事故が同被告の過失によつて発生したことは明らかである。
もつとも、同被告は、踏切道設置管理の瑕疵もしくは電車運行管理上の過失、又は、電車運転の過失を主張する。
右認定事実に<証拠>を総合すれば、次の事実が認められる。
本件踏切は、ほぼ直線になつた電車軌道の途中に位置しているため、踏切を横断しようとする者にとつて本件踏切に入る所から上下線を見通し得る距離がかなり長いこと、踏切道の幅員は、自動車同士が離合することのできないような小規模で、本件事故当時、一日の列車回数三九六回であるとはいえ、一日の踏切の交通量(運輸省の通達による踏切道保安設備標準に従つた換算交通量)は歩行者三三〇人、自動車一〇五八台程度であつて、行政上、第四種踏切として、警報機などの設置が義務づけられていなかつた。本件踏切には、踏切警標が設置されていた。井尻第二号踏切に設置されていた警報機の音が本件踏切付近の自動車にもはつきり聞きとることができた。被告豊次が本件踏切内に進入した時、既に電車は本件踏切から二五一メートルの地点に至つていた。本件電車が時速約八〇キロメートルの速さで、しかも、八〇〇人位の乗客がいた場合、急制動をかけても、その制動距離は二七〇メートル位である。
右認定の諸事情のもとにおいては、本件踏切は、警報機等を設置しなくとも、踏切道としての本来の機能を全うし得る状況にあつたものというべきであるから、本件踏切の設置管理の瑕疵があつたとは認められず、その見通しと交通量からすれば、電車運行管理の過失があつたとは、到底認めることができない。更に、本件電車の緒方運転士にとつて、目前に突然加害車両が本件踏切内に進入したのであるから、これと同時に急制動をかけたとしても、衝突を避けることができなかつたというべきである。同運転士に運転上の過失があると認める余地はない。
2 (被告豊)
同被告が原告主張のとおり鮮魚商を営み、被告豊次を雇傭していることは、当事者間に争いがない。
<証拠>を総合すると、被告豊次は、主に、加害車両を使用して福岡市内の得意先に配達するなど加害車両を使用することの多い業務に従事していたこと、そのほかにも、自己の通勤はもとより、被告豊の通勤のためにも運転していたこと、被告豊次は、出勤前及び退勤後も、加害車両を自宅に持ち帰つて保管していたこと、そして、営業時間内外を問わず、随時、私用のためにこれを利用していたこと、被告豊は、加害車両を所有して、これを営業のために被告豊次に使用させてはいたが、それだけに止らず、同被告が営業を離れて私用のためにこれを乗り廻していることを知悉しながら、容認していたこと、本件事故は、同被告が鮮魚店閉店後平常通り加害車両に乗つて一旦帰宅した後、私用で友人宅へ出掛けた途中の出来事であつたことが認められる。
右認定の事実関係に基づいて考えると、被告豊次の加害車両の使用形態は、営業と私事とが混沌していて、これから両者を明確に区別することが困難なことも多く、本件事故が偶々同被告の私用のための使用中に生じたものであつて、営業のためでなかつたとはいえ、同被告の本件事故時の行為を広く外形を捉えて客観的に観察したとき、被告豊の事業の態様、規模等からして、被告豊次の職務行為の範囲内に属するものと認められる。従つて、同被告の加害車両運転の結果生じた本件事故による損害は、被告豊の事業の執行について生じたものと見るのが相当である。同被告は、使用者として、民法第七一五条第一項により、被用者たる被告豊次の本件不法行為につき、その責任を負担すべきものであるといわなければならない。
三(損害)
1 電車車両復旧費
金八七二八万二三九七円
<証拠>によると、請求原因3(一)の事実が認められる。
2 電気関係設備復旧費
金五九七万五七〇〇円
<証拠>によると、請求原因3(二)の事実が認められる。
3 線路復旧費
金一一二九万六六九五円
<証拠>によると、請求原因3(三)の事実が認められる。
4 損壊家屋新築復旧費
金一五八一万五〇〇〇円
<証拠>によると、請求原因3(四)の事実が認められる。
四以上の次第であるから、被告らは、原告に対し、損害賠償として、右合計金一億二〇三六万九七九二円のうち原告が自陳する損害填補金一八五四万九五三八円を控除した残金一億〇一八二万〇二五四円及びこれに対する不法行為の後たる昭和五〇年三月二日から完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払う義務がある。
よつて、原告の請求は、理由があるから、これを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九三条を、仮執行の宣言につき同法第一九六条第一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。
(富田郁郎)